1日目:16日イタリアコモYH Ostello Villa   〜 スイスルガノ近郊Ponte Brolla(027)
 
 2日目:17日スイスルガノ近郊Ponte Brolla 〜 アイロロ手前Ambri
 
 3日目:18日アイロロ手前Ambri 〜 ゴッタルド峠<標高2091m> 〜ゲルサウ(040)
 
 4日目:19日ゲルサウ 〜 チューリッヒ(047)

 5、6日目:20,21日チューリッヒ ーフランクフルト ー成田 ー名古屋 =岐阜 
  


2、道中顛末記 (写真の時間は現地では−7時間)

 0日目:8月15日フランスニース〜イタリアコモ 列車移動(晴れ) 約360q

13:00空港発−(バイク)−13:30/13:46 NICE AUGUSTIN 駅=14:43/16:58イタリア VENTIMIGLIA駅=20:50/21:00ミラノ センター駅
=21:18/21:39 PORTA GALIBALDI駅=22:37COMO駅ー23:10 コモYH(Ostrllo Villa)

              イタリアで バイク拒まれ おろおろと 宿無しおびえ 助け求めん

   
ニース空港にて、 連れ合いを見送り、第2の旅路?に出発する。この後に起こるトラブルを知る由もなし。  イタリア内のベンテミグリア〜ミラノ間コンパートメント車両、自転車は輪行袋におさっまています。

 海外一人旅は常に緊張感をもち、最悪の事態を考えていていいくらいだといいきかせている。しかしこの日は私の想定以上の緊張がなおおそってきた。写真後ろのバーで昼食後、13時に NICE AUGUSTIN 駅に向かう。ナビを出す。バイクで15分ほどで13:46発で余裕を持っていけるはずだ。ところが事前にGPSに入力しておいたはずのポイントを誤って消去したらしい。昨年の二の舞いか。方角はわかっているので行くしかない。空港敷地内から出るのも一苦労。自転車、歩行者などいるはずがない。歩行中の仕事に向かうパイロットらしき人、国道に出て散歩の人にきいて、ニース初日に泊まったホテルの近くへ来た。列車が夜見えた記憶を思いだし、もうひとがんばり。GSスタンドで聞いてようやく到着。15分前について胸をなでおろした。切符を買おうとしても無人状態で自販機で買っている。イタリアコモまでなので車内で買うことに決めると、シャッターが開き、駅員が一人動き出した。何と昼休みであったのだ。ぎりぎりで切符を購入して乗り込むが自転車を入れるのが申し訳ないくらいこんでいた。カジノで有名なモナコ駅からはようやく座れるくらいになってきた。・・・・・帰国後、確認すると駅のポイント有るではないか。焦ると見つけられるものまで見えなくなる教訓。
 二つ目の難儀はイタリア VENTIMIGLIA駅に始まる。当初調べておいた14:58分発のミラノ行きへ乗ろうとすると、列車の入り口階段3段でしかも狭く自転車を乗り入ることができる車両ではなさそう。おまけにコンパートメント(仕切り部屋)で指定席という。(上の写真)そこへ乗務員がやってきて怒った雰囲気でバイクを持ってミラノ駅にはいることはできないのですぐに降ろせという。予定の列車は動きだし今日は、駅で寝るのか、自転車はどうやって運ぶのかパニックだ。ホームの駅員は切符を買う長い行列でとても対応はできない模様。駅に常駐らしき警察官が戸惑っている私と目が合い相談に乗ってくれた。話によると18時頃にバイクを乗せられる列車がくるとのことであるが、ミラノ到着が10時ではコモまでいけないという。。何とかならないかとたずねると自転車バックにいれればミラノ行きに乗れるとのことである。そのままスマートフォンで時間も調べてくれると2時間遅れの16:58の列車なら最終コモに22:37につくと教えてくれた。ノートに乗り継ぎ駅と時刻を書き写し心からお礼を言う。時刻表を見ると確かに自転車マークがある列車とそうでないものがある。スイス鉄道とは仕組みが異なるのだ。この後輪行袋を出し、深呼吸して、気持ちを落ち着かせるよう言い聞かせながら自転車をパックする。
 三つ目の難儀は乗り継ぎである。ミラノ中央駅で教えてもらったはずのホームに行き、乗ってから乗客にPORTA GALIBALDI駅で停まりますね確認するとノーと言われる。出発前で良かった。重い荷物(輪行袋、自転車サイドバック2,フロントバック、ウェストバック)を持ってまたホームで駅員にたずねる。日本ならぱっと答えてくれそうなものだが、iPhoneで調べないとわからないらしい。21:00までもう時間がない。一番端のホームだといわれ走り込む。乗ったとたんスタート。汗だくである。次の難題はPORTA GALIBALDI駅だ(当初予定の列車はミラノ〜コモ直通)。どこか調べてないので人に聞くしかない。車内アナウンスが有ったかどうかも定かでない。ところが女神の助けか、目の前のスーツケースをもった美女にコモに行こうと思いますがPORTA GALIBALDI駅を教えてもらえますかとたずねると、彼女は私もコモへ行くのでいっしょにどうぞと言ってくれた。天へも舞う喜びで今日はこれで布団の上で眠れると確信した。PORTA GALIBALDI駅でホームを移し、無事コモ停車のChiasso行きに乗車できた。このときももう一つ落とし穴、22:37到着予定であったが私の時計は3分早くなっていて、手前の駅で22:37になり、下りる用意をすると彼女が制止してくれた。たったの3分、されど3分一駅前で下車したら自己嫌悪に陥りそうである。彼女がいなかったなら、一つ手前で下りていたであろう。・・・・ローマから来たという彼女に心からの感謝を述べた。
 ここからはたいしたことはない。ただし避暑地であるコモは19度である。折からの雷鳴とと小雨に見舞われている。駅舎で自転車組み立て、ここでGPS本領発揮、GPSのルートにしたがって進むと10分ほどでドンぴしゃコモYHに到着。マザーが歓迎してくれた。シャワーを浴びて本当に薄氷を踏む思いであったことを振り返り、幸運と無事を神様に感謝した。
 


 
1日目:8月16日 イタリアコモYH(201m) 〜ルガノ271m 〜ロカルノ214m 〜Della Stadione(256m) (晴れ) 約90q


          GPS 行き先示して わがまなこ  地図より景色  心うばわる



   
日本語あいさつしてくれるホストマザー。昨晩は遅くても歓迎してくれて誠に感謝。思い出に残るYHです。  コモYH(Ostrllo Villa)のレセプシション兼食堂です。とても家族的です。
   
 朝食はいたって簡素、他に小さなデザートもありましたが何しろ安い。19ユーロで朝食付きです。ベッドで眠れて幸せでした。  いよいよ出発です。
   
 コモ湖畔を走る。湖畔には別荘が並ぶ。朝のさわやかな吹かれる。  ロータリーがあってもナビが何番目出口と示してくれるので心強い。
   
ルイノまでいってマッジョレー湖畔を走る予定だったが、ルート短縮ルガノ経由にする。  次の湖ルガーノ湖畔を走ります。スイスではあるが、イタリアの雰囲気が強いらしい。スイス内陸は花がもっとあるね。
   
懐かしのCOOPマーケット。昼食はカレー味チキンサンドイッチ、ヨーグルト、マンゴーです。簡単に1400円になりますが、これがスイスです。   ルガノ北方のモンテツェネリ峠標高は560mほどで楽勝。
   
本日のホテル兼レストランに18時半に着きました。サングラスを落として店で買おうと探して1時間ロスしました 。PONTEBROLLAは列車駅です。  風呂とトイレは共同なので安い。朝食付きで68CHF(スイスフラン)、ちなみに夕食の鱈のフライは塩辛くて食べれず、これではと思いクレームをいうと作り直してくれたが口の中は既にま麻痺状態であった。これで19CHF(2200円)とは情けない。ワイン、水はそれぞれ3〜5CHF。

2日目 8月17日 Della Stadione256m〜ベッリンツォーナ247m〜アンブリ(Hotel Monte Pettine985m) 約80q


         レストラン イタリア語では  歯がたたぬ  人を求めて  英訳頼まん

   
 さすが保養地ロカルノ、風光明媚です。湖はマッジョレー湖、Gridone山は2188m。  山側にはブドウ畑が大きな房をつけています。
   
 めずらしく平凡な道路です。ロードレーサーは日曜日のせいか多く見かけます。  奥の山は3000m級です。
   
 ラフォスタ駅で昼食をとるのですがイタリアレストランとレストランとトルコ料理ファーストフードどちらをとるか迷いました。登山基地でありルート図が掲示されていました。 イタリア語でペンネまで聞こえましたが、味付けは他の客に英語で説明してもらいました。塩味か、カルボナーラを期待していたがトマト味で私の苦手分野、半分は残しました。もったいない。
   
 ご覧のように勇壮な滝が見え、場所代と割り切りました。パンは食べきれません。 日曜日なのに、農家のお姉さん牧草を刈っています。私も小さい頃の大変さを思い出しました。 
   
 午後の中間地点ジョルニコ付近です。唯一のヘアピンで下の2号線が上がってきました。ちなみに右上部は高速で事故があったらしく渋滞中です。  あれがゴッタルド峠方面かと思っていましたがまだ先のようです。
   
 小さな教会です。クリスチャンの私は興味があります。  戸が開いているのではいってみました。きれいな会堂です。
   
 カソリックのようです。左は説教台でしょうか。パンフがありましたがイタリア語なのでわかりませんでしたが由緒ありげな教会でした。  ロミオとジュリエットの映画を彷彿させます。様々な墓石です。
   
 今日のホテルには夕刻 18:17到着です。何と昨日は満杯であったのに本日は私のみの貸し切り。  レストランは本日閉鎖なので近くのイタリアンレストランを紹介してくれました。
ランチで失敗したので豚肉ステーキ、グリーンサラダ、ワインを注文しました。計40CHFぐらいだったと思います。ポテトは食えんな。

3日目:18日 アンブリ(Hotel Monte Pettine)985m 〜 アイロロ1200m〜ゴッタルド峠 2091m 〜アンデルマット1500m〜ゲルサウ435 約90q
 


いにしえの  馬車も  苦しみし  ゴッタルド  ゆがんだ顔に  心通ずる


   
 今朝は8:15分の出発で40分でアイロロ到着。国道が山腹を走っています。心穏やかではありません。  COOPマーケットを見つけました。粉末スポーツ飲料を購入します。そこで合った出会ったのがベルンの学生3人組数週間をかけてサイクリング(キャンプあり)している野郎だ。「俺たちは石畳を行く、おまえはどうする?」ときくので「私は楽な国道のアスファルトをいく」と話した。自転車(荷物込み)は30〜40sという。私は18sだ。
   
山裾を走るとカウベルが鳴り牛の放牧です。 サイドバッグをつけた新たな自転車野郎。追いついた。 
   
 眼下のアイロロ。朝出発したのは中央奥の方の町アンブリです。  ドイツ人ビスマス(仮名)です。日本からよう来たなと歓迎してくれました。6週間の長い休暇を大部分、サイクリングに費やすそうです。
   
自転車は後部のみの18段変速。サイクリング車は、こちらではドロップよりもこのてのハンドルをしばしば見ます。   イタリア側からは一気に高度を上げるような気配です。
   
 ビスマスといっしょに走っていたら学生たちがいっていた石畳の旧道に入ってしまいました。ナビは国道への修正を求めていたがついに旧道コースを案内し始めました。。  私も腹をくくりました。3人組の言っていた旧道でいこうと。中央に見えているのが緩い直線的なカーブでトンネル後の国道です。旧道は元国道でヘアピンで右に上がっていきます。
   
 見事なつづら折り。それでも馬車が走れるように斜度が緩やかです。金華山ドライブウェーより斜度が緩いでしょうか。  あの高さまで100〜200mぐらいでしょうか。ガスがかかって暗く寒いです。17度くらいでしょう。
   
 ビスマスとは抜きつ抜かれつ同じくらいのペースです。この頃になると石畳のきつさがわかってきます。  景色の良いところでビスマスの友人が写真を撮っていました。記念撮影をとりあいました。
   
 真ん中はフランス人サイクリスト。英語が話せないといっていましたが、目的は同じ、心は通じ合います。  いよいよ最終エリアに入り道路が平坦になってきました。
   
ホテル、レストランが見えてきました。  峠では馬車による観光もあります。
   
 北側に向かってこんなモニュメントが、イタリア語を読めないのが悲しい。  サン・ゴッタルド峠南側にも池があり2091mの標識があります。
到着は12:30で3時間半を費やした。ポタージュ、パン、カスタードのケーキ、カフェラテで暖をとった。16度くらい。アイロロで会話した大荷物3人組野郎もビュッフェレストランに入ってきて、握手を交わす。
   
 峠の北側は穏やかな直線的な下りです。  振り返ります。ゴッタルド峠は中央左方面です。道路が見えています。
   
 水流が出てきました。放牧です。 集落が見え始めました。偉容な山塊です。 
   
 峠下の最初の集落、ホスペンタール、左に行けばフルカ峠2431m、右へ行きます。  10分もすると東西・南北の交流点、アンデルマットです。氷河鉄道の中間点でもあるそうです。それにしても美しい。
   
 「悪魔の橋」スイスアルプス写真紀行よりお借りしました。上が国道です。猛スピードで走っていて停まることができませんでした。旧道をかけるのに雪融け水も多く大変な苦労があったそうです。  「悪魔の橋」スイスアルプス写真紀行よりお借りしました。タイムスリップした気持ちになれます。古代から峠の存在は知られていたが13世紀前半までは一般的に交通路としては用いられなかった。初夏に雪融け水で溢れるシェレネン渓谷の急流を渡河し、アンデルマットまでの狭くきつい坂道を通り抜けなくてはならなかった。(ウィキペディアより
   
 バイエルン公国の聖人ゴッタルドからの名前由来。1775年に馬車が通れる道路が建設されるまで徒歩と駄獣のみが通行できる道であった。ウィキペディアより  トンネル後グシシェネン、ヴァッセンの町を通ります。ヴァッセンからは西にスステン峠を経てマイリンゲン(昨年通過)にいたります。
   
 きれいな山が見えます。これらの山々にもハイキング用に山小屋(食事付き)が整備されているので感心します。  ついにルツェルン湖東南端の町アルトドルフにやってきました。事前に宿を予約するために地図上で探していたので想像していた地形と実際が合致してうれしいものです。
   
 国道が岩肌を塗って走ります。交通量が半端ではありません。  これは国道の旧道であったなごりセンターラインを見かけます。自転車専用にしてあるので安心して走れます。前の写真の出っ張り部分を通り過ぎて振り返ったところです。
   
 先ほどは北方に見えていた山も今でははるか南方に見えます。アルトドルフとルツェルン湖を振り返る。  ロードバイク用(右)とマウンテインバイク用(左)と道路標識がある。
   
 本日の宿泊地ゲルサウが見えてきたと思いきや(対岸)そこから5qありました。 ゲルサウです。 
   
GPSがホテルの前まで案内してくれました。レストラン兼ホテルのTUBLIです。   おしゃれなホテルでトイレ・シャワーは部屋内・朝食付きで90CHFです。
   
部屋からはルツェルン湖とプチホテルが見える。この地のYHは人気があるのであろう、1ヶ月前で予約満杯でとれなかった。  夕食はワイン、ミックスサラダ、そしてメインで失敗。写真を撮る気になれず。ジャガイモとベーコンを炒め上からチーズをかぶせてオーブンで焼いたスイス料理であったが単純、濃厚すぎた。そういえばカナダウィスラーの屋台で売っていて多くの人が食べていたな〜。


4日目に続く